天皇制とは何か?!

このところ、「愛子天皇待望論」というものをよく見ます。

先の天皇即位式で、世界の報道を見て、改めて日本独自のエンペラーの存在の貴重さを思います。

 

天皇制というのは、非常に緩やかに続いてきました。

特に、戦国時代には、滅ぼされることもなく、よく無事に生き長らえてきた、と驚嘆します。

多くの国家は「国王」を頂きながらも戦争や革命によってその王朝を自ら覆し、あるいは廃止して別の国王を立てたり王制以外の別の制度を採用してきました。

 

ですからどの王朝も短い歴史しか持たないのです。

 

 

日本の天皇制とは

 

 

日本の天皇制が長く、現在も続いているのは、天皇が武力を待たず、世俗的な意味の「権力」が無く、敢えて滅ぼす意味がなかったからです。

 

考えてみれば、天皇が実際に政治を行ったことは殆ど無くて、たとえば聖徳太子、蘇我馬子、中大兄皇子など、または摂政関白が実際には政治に携わってきたのです。

その権力の礎は天皇に娘を嫁がせて将来の天皇の祖父となることにありましたが。

 

つまり、天皇制とはそうした血脈という力を、ある意味それだけを武器として長く続いてきたのです。

 

それが、世界に類のない天皇制の歴史の基礎にあります。

 

天皇は実際には権力を持たなかったために、ごく一部の歴史の期間以外は、実質ほぼ象徴なのです。

 

いわば「世俗」から離れたところで存在していたから、一種の治外法権のような、「別格」または「埒外」とでもいうべき扱いで、いわば「蚊帳の外」に置かれてきたわけです。

 

江戸時代末期になって、ようやく「天皇」の存在が注目され、幕府に代わる統治者として担ぎ上げられたのです。

時にこのように世の中から注目されることもありますが、通常は代々「天皇」を途切れることなく輩出し続けることで、天皇と言う「家」を守り、その存在そのものを守ってきたのです。

では、その歴史を見てみましょう。

 

 

天皇の系図

 

 

歴史の教科書にしばしば登場する天皇の系図を見て下さい。

皇室の系図一覧

見事な系図です。

これが男系によって保たれてきた歴史です。

日本の歴史は美しい。

 

このような「直系男子」によって天皇制は保持されてきたのです。

 

時に女性が天皇になったこともありますが、それはすべて一代限りのいわば「中継ぎ」であって、男系天皇への橋渡しが任務だったのです。

だからこそ、この系図のように,親から子へ、と「天皇」は引き継がれてきたのです。

 

 

愛子天皇」の配偶者問題

 

 

今、眞子さんの配偶者をめぐって様々な意見があります。

眞子さんは基本、嫁ぐことで皇籍を離れ、一般庶民と同じように基本的人権が保障されて戸籍も持つことができます。

本当に普通に家庭をつくりたいなら、そうするべきでしょう。

 

 

では「愛子天皇」はどうでしょう?

 

もちろん結婚を望んで皇籍を離れるならば問題はありません。

 

万が一、天皇在位のまま結婚したら(これが可能かどうかわかりませんが)相手の男性の親、祖父母がいわゆる「天皇の系図」に登場するのです。

 

どこの誰とも知れぬ、一般庶民が、です。

 

その子が結婚したら、また相手の親。祖父母などが登場して、その系図はもはや庶民と同じものになるでしょう。

 

それは一つの歴史の崩壊であり、伝統の消失です。

それが許せますか?

 

単に「空気」に乗って、あるいは「世界的な」男女の権利は平等などという生物学的相違を無視したある意味幼稚な考え方に則って、「愛子天皇論」に軽々しく同意するべきではありません。

 

天皇制を表す「系図」には、古来からの日本人の知恵が詰まっています。

 

伝統とは美しいもの、かつシンプルなものなのです。

 

伝統というものは、伝えられた装束、儀式、道具など、美しいものに満ちています。

 

美しいものへのあこがれは人の持つ本能にも近いものです。

 

そういう美しさがあるから伝統は守られ、引き継がれてゆくのです。

 

天皇だけでなく、能、歌舞伎、狂言、浄瑠璃・・・・。

 

その美しさがなければ滅びていたでしょう。

 

また「天皇制」の保持のために、人権すら認められない「皇族」が存在するのです。皇族は天皇制の維持のため存在しています。

 

ですから美智子上皇后はその責務を果たしましたし、雅子皇后はついにそれを果たさぬまま即位したのです。

 

世継ぎの男子を設けることが天皇とその妻の責務であり、それが生活を保障される唯一の対価です。

それは「個人」を超越していますし、だからこそ、皇族には戸籍もなく、個人的人権もないのです。

 

彼らはいわゆる「人権」を持ちません。

その立場上、すなわち「天皇制の維持」のために、」そうならざるを得ないからです。

 

個人の自由が欲しければ皇籍を離脱すればよいのです。

雅子皇后が皇室に順応できなかったとしたら、本来の責務を果たせなかった

からですし、それだけのことです。

 

天皇制が続くということは、皇族という人権を持たない人が必要である、ということなのです。

 

ここでは彼らの「幸せ」といった感情は関係なくて、継続する血脈が必要とされているのです。

 

それは神に仕える「巫女」にも似ているのかもしれません。

 

神話までさかのぼれる日本の歴史が、そういう存在によって守られ、続いてきたのです。

 

 

事実を学び、判断する

 

おかしな風潮とか、天皇制の廃止を狙う人々の意思とかにかかわりなく、歴史を学び、自身で判断するべきでしょう。

 

歴史はそれを守る人や費用を必要とします。

 

それがなければ、多くのものが消えてゆくでしょう。

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