『月齢』月の満ち欠けと日本の暮らし

月には、三日月、上弦の月、十六夜(いざよい)寝待ち月、など、様々な呼び名があります。

月を見上げて日にちを知り、古代から農作業の目安としてきたのですね。

それだけ日々の生活に密着していたのが『月』でした。

空を見上げれば、暦がわかるのですから。

 

さらに満月を神聖視する信仰も生まれていました。

 

中秋の名月を鑑賞する風習は中国から伝わったものですが、それ以前から『初穂祭り』と言って、秋の収穫を月神に感謝する日が、八月の満月の日だったのです。

古代から伝わる月の神、また、月を巡る行事について、まとめてみました。

 

 

 

月の神・月読尊(つくよみのみこと)とは?

 

 

日本の神話、古事記では、月読尊は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、素戔嗚尊(すさのおのみこと)と共に生まれた『三貴子』のひと柱です。

天照大御神は日本神話における最高神であり、太陽神です。

その弟の月読尊は、夜の国を治める神であり、末の弟、素戔嗚尊は海を治めるように命じられながらも、その務めを果たさず、高天ヶ原で暴れ、追放されてしまいます。

 

素戔嗚は『荒ぶる神』から、地上に降りて、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した英雄神となってゆくのですが、月読尊には、古事記に特に描かれるようなエピソードがありません。

しかし、古代の人々の生活には、月は大事なこよみであり、収穫を感謝して供え物をする収穫祭で、この月読命を敬ってきました。

今でも月見という風習は残っており、一番地味だった月読尊が人の暮らしに最も密着している、ということが言えますね。

 

 

中秋の名月と十三夜を両方祝う

 

 

中秋の名月は旧暦八月十五日、約一ヶ月後の旧暦九月十三日が『十三夜』です。

現在では、この日に月見をします。

十五夜が『芋名月』と言われるのに対して、十三夜は『豆名月』『栗名月』と言われます。

十五夜のお供えは、ススキや果物、月見だんご、里芋ですが、十三夜では豆や栗を備えます。

ススキは稲穂の代わりに備えるもので、ここに月読尊が乗り移ってくるものと考えられていたようです。

月見だんごの丸い形は、丸い月の形と同じで、これを食べることで、月の神の力を得ることができる、と信じられていたようです。

 

中秋の名月を楽しんだ後は、十三夜も祝います。

どちらか一方だけの月見は「方月見」(かたつきみ)と言って縁起が悪いとされてきました。

ただ現在では、それほどの拘りは無くなってきたようです。

 

各地で「観月祭」がありますが、「方月見」が多いようです。

美しい満月を一度みれば満足、ということでしょう。

また、観光地の行事としてなは一回で十分でもあるでしょう。

参考に。

十五夜イベント 観月の夕べ

 

 

月読尊を祀る主な神社

 

 

鹿児島県鹿児島市の月読神社、

京都府京田辺市の月読神社、

鹿児島県鹿屋市の月読神社、

山形県庄内市の月山神社、

青森県の月夜見神社など。

 

神社の成り立ちというか由縁というか、それぞれの神社に行くと説明がありますから、ちょっと興味を持ってもらうとけっこう面白いです。

その土地の素朴な信仰に触れる気がします。

自然への畏怖、尊敬という、日々の生活から生まれた思いというのは、長く受け継がれ風習としても残っていくのだ、と分かりますね。

 

 

 

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