「流鏑馬」神事にもいろいろ特色が!

最近NHKのニュースで知りました。

春日大社の「流鏑馬木像」が鎌倉時代のものではなく、平安時代に作られたものと判明したそうです。

こちらは、新聞の記事です。

流鏑馬木像、平安時代のもの!

 

「流鏑馬」といえば、武士の腕前を磨くための武術と考えられがちですが、平安時代、またはそれ以前の奈良時代から行なわれていた「神事」です。

 

 

流鏑馬神事

 

流鏑馬というのは、走る馬上から「鏑矢」(かぶらや)という、打つと音が出る矢を放って的を射るという神事です。

 

だいたい280メートル(昔の単位では二十町)の直線の馬場に、進行方向の左側に三ヶ所、的を立てます。

的は約53センチの正方形の板を竹竿にさしたもので、一の的、二の的、三の的と立て、射手は馬を走らせて的に向かって鏑矢を射るのです。

奈良時代から行われていた、朝廷の公式行事だったそうですが、武士の時代になると、武芸の一つとして盛んになりました。

一時は廃れましたが、徳川吉宗の時代に再び行われるようになって、現在では、「天下泰平」「五穀豊饒」を祈って流鏑馬神事が行われています。

 

馬に乗らずに徒歩で行うもの(神奈川県、白岩神社)、葵祭りに見られるように公家装束で行うものといった独特の形式のものもあります。

馬を疾走させて矢を放つ、という勇壮な神事であり、各地で人気があります。

特色のある流鏑馬

 

 

山形県・寒河江八幡宮流鏑馬(さがえはちまんぐう)

「作試し流鏑馬」といって、3頭の馬を、早稲、中稲、晩稲と決めておいて、来年はどうなるかを占う。

 

高知県・野根八幡宮流鏑馬

 

事前に候補馬を集めて走らせて選抜する。大祭4日前から馬と射手が宮籠りをする。

このような準備期間も儀礼的に進めていくのが特徴。

 

鹿児島県・四十九所神社流鏑馬(しじゅうくしょじんじゃ)

 

地元の中学2年の男子から、射手が一人選ばれる。

一ヶ月の練習と神事「弓受けの儀」を経て、射手は神の使いとなり、流鏑馬に挑む。

900年の歴史がある流鏑馬。

 

 

まとめ

 

流鏑馬は公家装束で行われるもの(葵祭)

馬に乗らず徒歩で行われるもの


など、独特の形式の、ものがあります。

 

射られた矢や、的は「魔除け」になると言われて、参詣者が持ち帰るならわしだそうです。

疾走する馬と射手が間近に見られる流鏑馬は外人観光客にも人気があります。

 

武士の装束で行われるものもありますが、それ以前からの「神事」ですから、武術というよりも「天下泰平」願う行事となっているのですね。

 

 

 

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