日本の暮らしと「八百万の神」・・・・・まずは新年の神様とは?

日本の暮らしを考えると、日本の神話 つまり古事記の物語で語られる神々が今も生きていると思うことが多いです。

暮らしの中で感じること、暮らしにしっかり組み込まれた習慣、伝統行事、あるいは素朴な信仰、など、多くの場に八百万の神が存在しているのです。

ここでは、漠然と八百万、というのではなく、どこにどんな神がいるのか、神話と歴史、とを見ながら、考えてみたいと思います。

 

 

天照大御神(アマテラスオオミカミ)

 

日本の神といえば、まず、天照大御神がいます。

ご存知、太陽神ですね。

高天原を治める神で、弟の素戔嗚尊(スサノオのみこと)が高天原にやってきて暴れたために、天の岩屋に閉じこもってしまい、世が真っ暗になってしまった。

困った神々は、天の岩屋の前で賑やかな事をしてアマテラスをなんとか引き出そうとします。

アメノウズメという女神が殆ど裸で踊り、神々は大笑い。

何事かと外を覗こうとして少し戸をひらくと、すかさず神々がアマテラスを引っ張りだして岩屋の戸を閉めて、世の中は再び明るくなった、と。

 

このアマテラスの子孫が地上に降り、天皇家の祖先になったと言われています。

 

太陽の恵みに感謝する気持ちは、初日の出を特別なものとして祝い、一年間の健康や幸運を願う行事になってゆきます。

初日の出参りの起源は、平安時代に始まった宮中行事と言われています。

これが庶民に伝わり、元旦に初日の出を拝む風習が現在も続いているわけです。

 

 

アマテラスと伊勢神宮

 

 

アマテラスは、伊勢神宮に祀られています。

日本の最高神としてアマテラスが祀られている聖域ですから、伊勢神宮に参拝する人も昔から多いですね。

平安時代の西行の歌

「なにごとの

おわしますかは知らねども

かたじけなさに涙こぼるる」

は、伊勢神宮にお参りした時に詠んだとされる歌です。

 

 

新年を迎える、というのはつまり、新年がやってくること

 

 

新年は「年神様」が運んでくる。

そのお迎えに、門松をたて、鏡餅を備えるのです。

お正月のしつらえは、年神様を迎える為のおもてなしです。

ところが面白いことに、この「年神様」がどんな神様か、よくわからないのです。

地域によって呼び方も違います。

正月様、という地域もあります。

年神様へのお供えを「年玉」と言っていたようで、それを家族に分け与えたものが「お年玉」

子どもにとって、嬉しいお小遣いは、神様のお下がりだったのです。

 

神様を迎える正月飾りは、1月15日に神社に持って行って、どんと焼き、もしくは、どんどん焼きという焚き火で焼きますね。

 

他に、おせち料理、祝い箸、若水を汲んでお雑煮を作る、などが正月行事の主なものです。

 

年末の大掃除は言わば「大祓い」

ここで一年の穢れを清め、新年を、つまり年神様を迎えるわけです。

 

この一連の風習は、年神様が誰か、という素朴な疑問もどうでもよいくらいに、日本の暮らしに溶け込んで、伝統という名の「当たり前」になっています。

 

 

まとめ

 

 

古事記の神話は読んでみるととても面白いのですが、これは宗教ではなく、古代から伝わる物語であり、日本人の考え方をよく表しています。

 

どんな景色や、どんな場所に神の存在を感じたか、

その感覚は今も大きくは変わっていないと思います。

日本の暮らしに、神話は生きています。

たぶん、神話を知らなくても、昔からの当たり前として。

 

ですから、日々の暮らしに潜む昔の物語に、少し関心を持つことで、歴史が身近なものになるかもしれません。

歴史といっても、遥か昔、平安時代以前のことですが。

 

 

 

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