重陽の節句と「雨月物語」

「重陽の節句」は旧暦9月9日。

奇数を良しとする中国の考え方からすれば、最高の
節句となります。

 

 

いわゆる「五節句」という五つの節句があります。

 

「人日(じんじつ)の節句」旧暦1月7日
「七草」ですね。

「上巳(じょうし)の節句」旧暦3月3日
「桃の節句」「ひな祭り」です。

「端午の節句」旧暦5月5日。
「菖蒲の節句」ともいいます。

七夕(ひちせき)の節句」旧暦7月7日。
「たなばた」ですね。

そしてこの」「重陽の節句」
「菊の節句」とも言われています。

月と日に奇数が並んでいますが、そのなかでも
一番大きな奇数がならぶ9月9日は中国では
非常にめでたい日とされて、「菊」を浮かべた酒
を飲んで長寿を願ったのでした。

これが日本に伝わって「菊の節句」として「菊酒」
や菊人形を愛でる「菊の節句」となりました。

 

 

9月9日が「重陽の節句」

 

3月3日、5月5日、7月7日は全て「旧暦」ですが、
今はそのまま新暦の同じ日をそれぞれの節句と
していますね。

9月9日もそのまま新暦の同じ日を節句としています。

地方によっては、ひな祭りが4月3日になったり、
七夕が8月になっていますが、「端午の節句」は
5月5日のままのようです。

旧暦9月9日というのは2016年なら10月9日になります。

このあたり、地方の歴史も感じられて、興味深いところです。

 

 

「雨月物語」との関係

 

「雨月物語」は上田秋成による江戸時代後期の
怪異小説です。

愛憎の思いを霊魂となっても果たそうとする人の
執念というのか、強い思いを描いた作品ですね。

 

なかでも「菊花の契」は「重陽の節句」には帰ってくる
と約束したことを、死して霊となって守った、という話。

これは義兄弟、つまりは「衆道」の話なのですが、
ここから「菊花の契」というのは衆道を表す言葉とも
なったのです。

 

作中では、帰りを待つ左門が共に「重陽の節句」
を祝うための菊酒や料理を、幽霊となって帰ってきた
宗右衛門に振る舞います。

 

そこで宗右衛門がこうなった事情を説明して消えて
しまうと、左門は宗右衛門のふるさとを訪ね、宗右衛門
を幽閉した相手を斬り殺して姿を消します。

 

雨月物語は中国の古典を題材として描かれた江戸期
の作品ですが、現在でも評価の高い、また人気のある
作品です。

 

ここで「重陽の節句」が描かれていることで、いまでも、
9月9日が節句として続いていると思うと、伝統という
のは形式だけでなく、心の琴線に触れるものがあるから
こそ、受け継がれていくものなのだ、と思います。

 

まあ、もちろん「雨月物語」の影響だけとは
言えませんが・・・。

 

 

 

 

 

Originally posted 2016-07-16 13:22:53.

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